遠くへ



 仁王は目覚める。
 和式の寝床はいつものベッドと違って硬く、おまけにいつもしっとりと汗ばんだ上に寝るので、硬さとひんやりさに、いつもいつも、一度は目が覚めてしまう。
 隣で真田が眠っている。呼吸の音もあまりさせず、静かに眠る。普段の眼差しがないと、奇妙に、大人しく見えた。
「……ぜんぜん大人しくなかったんに、さっきまでえ」
 仁王は痛む首筋と、腰を撫でる。目覚まし時計を見ると、三時半だった。また、中途半端だ。
 そっと廊下に出る。真田の家人に見つからぬようにしなければならない。この夜中では誰も起きていないだろうが、泊まるのに許しを得ていないからだ。
 真田の家に、庭から忍び込んだのだ。角の松に捕まり、伝い降りて、明かりのついてない石の灯ろうから、まっすぐが真田の部屋だ。真田はものすごくいつも怒るが、追い返しはしない。一度もなかった。
 家に帰りたくない日がある、と、こぼしたのは仁王だ。
 覚えている。
 三学期の終わり。昼休みだった。
 真田は、「来ればいい」と、言った。冗談のつもりだったのだろう、弁当をぱくつきながら、聞き分けのない幼児を見る目みたいだった。小説の真似事でもしているのかと思ったのかも知れない。
 仁王が家に帰れば、母親が、男を連れ込んでいるのを、見てしまう。しかも、三日と同じ男じゃない。母親は五千円を出して言う。「外で食べてきて」。
 少し、疲れる時がある。
 毎日は過ぎるけれど。
 外国にでも行きたかった。
 そんななか彼は、まったく、異星人だった。宇宙だ。違いすぎる世界に生きている。そして勝手だ。やさしくない。ただ仁王の淀みから遠くにいたのだ。
 だから。
「さむ………縁側、なんて時代劇だけで充分じゃのお」
 用を足した仁王は冷え切った足をそろそろと進める。白い息を指に吹きかける。
 ここは眠るところ。
 肉体を差し出して、受け取ってもらうところ。
 彼は拒まないから好きなのかな。
 そして、仁王を知りたがらない。
 何度でも何度でも。身体が痛くなって、仁王にとってはとうに気持ちいいはずの行いがついに苦しくなるまで。それが通り過ぎて相手が満足するまで。
 使い果たされた気になる。
 思いきり。
「…………」
 ぞくぞく、する。仁王は寒い空気の中、目を閉じる。
 外の世界に、触れて、しまったよ。
「もぅいっかい、してくれんかのお…………」
 夜明けは、未だ。





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